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畳のトリビア〜畳に関する雑学・知識を貴方へ〜
あなたの周りにある「畳」には、意外に知られていない面白いネタがたくさんあります。つい人に教えたくなる、畳に関する「雑学・知識」をご紹介しましょう。

trivia No.6 昔畳は、その名の通りたためるものだった。

 「畳」とは「畳む(たたむ)」ことを意味し、折り返し重ねる意味でもあり、たためるもの、重ねられるものということから敷物全てを意味していました。これが「畳」という言葉の起こりであると言われています。
 現代でこそ、畳は和室に敷き詰められたままですが、かつては、何枚も重ねられその上で座ったり、寝転んだりされていました。 普段は重ねて日光のあたらない場所に保管しておき、祭事のときなどに持ち運ばれて使用されていました。
 また、畳は、中国から伝播したものではなく、日本で発展してきた敷物であり、原始的な毛皮や筵などの敷物に縁をかがるなど成形技術などが加わり、発展して成立したものと考えられています。古墳時代以降、寝床として床が作られるよになり、皮や植物繊維など様々な素材から敷物が作られるようになってからは、こうした敷物をすべて「畳」と呼ばれていたそうです。

奈良時代(西暦710〜794年)

 奈良東大寺にある正倉院に聖武天皇が使用された「御床畳(ごじょうのたたみ)」があり、現存する最古のものといわれています。これは、木製の台の上に敷かれ、現代でいうベットのように使用されていました。

平安時代(西暦794〜1192年)

平安時代の有職畳 平安時代になると貴族の邸宅が寝殿造の建築様式となると、板敷の間に座具や寝具などとして畳が所々に置かれるようになりました。また、畳に座る人の身分や地位を表すために厳密な使用方法が定められていました。それは身分の高い人ほど座る畳も広く分厚く、そのうえ高く積み重ねられて使用されていました。

鎌倉時代〜室町時代(西暦1192〜1338年)

銀閣寺の書斎 鎌倉時代から室町時代にかけて、建築様式は書院造へと変化を遂げる。書院造を代表する例として、足利義政が慈照寺(銀閣寺)の東求堂に造った書斎、同仁斎が建築史上有名である。これは四畳半の小さな一間であるが、付書院と棚を備え、畳を敷き詰めたもので、現在まで続く和風住宅の原型とも考えられます。

桃山時代以降(西暦1338年〜)

多様化する現在の畳 桃山時代から江戸時代への時代の変化にともない、畳はやがて茶室建築から町人の栄に引き継がれていきます。畳が一般庶民のものとなったのは、江戸中期以降のことであり、農村においてはさらに遅く明治時代になってからのことです。
 畳が庶民に普及し始めた頃、建物は畳を基準に造られていたため、引っ越すときには畳を持って引っ越していました。
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