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心ここにあらざれば
心ここにあらざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえどもその味を知らず。
心ここにあらざれば

心ここにあらざれば 心ここにあらざれば

2008年1月1日 初版
頃安 雅樹 著(極東産機株式会社 代表取締役社長)
B6版 346ページ 冊子



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〜巻頭のことばより〜

 亡き頃安新前会長に代わって「極東だより(現マンスリーキョクトー)」の巻頭言を書き始めて、すでに二百編を超えた。お客様そして社員に対して、私あるいは当社の考え・方針等を、その折々の世相を反映させつつ毎月書き綴ってきたものである。時にはごぶさたしているお客様へのご挨拶代わりとして、時には当社の戦略提案の補足説明として、また時には私個人の「叫び」として、全国三千余のお客様に休みなく発信し続けてきた。

 久しぶりにお目にかかったお客様から、「切り取って社内回覧しているよ」、「今月号をスピーチに使わせてもらったよ」といったうれしいお言葉をいただいて、月一回の「産みの苦しみ」が報われる思いがしたことも何度もあった。

 今「産みの苦しみ」と書いたし、お客様からもよく「毎月書き続けるのは大変でしょう?」と言われるが、実を言うと「何を書くか?が決まったら、その時点ですでに頭の中に文章の九十%は出来上がっているが、何を書くかが決まらないと、締切りを過ぎても頭の中には一文も浮かんでこない。」というのが正直なところである。つまり「産みの苦しみ」とは「テーマを見出だすまでの苦しみ」なのである。

 テーマを見出だすためには、自らを「絶えずアンテナを張り巡らせた状態」「問題意識を持った状態」、言い換えれば「心のスイッチをオンにした状態」にしておくことが必要である。自らをその状態に追い込む際に必ず思い出されるのが、その昔高校の漢文の授業で習ったのであろうか、冒頭の「心ここにあらざれば・・・」の「大学」の一文である。

 この逆の「心ここにある」とはまさに「心のスイッチをオンにする」ことであり、その結果「視れば見え」、「聴けば聞こえ」る状態になり、何とかテーマを探し出すことが出来るわけである。近年は、企業不祥事・教育問題・犯罪多発を始めとして政財政の様々な問題が続出しており、テーマに事欠くこともない。これを喜ぶべきか嘆くべきか?

 これからも自らを絶えず「心ここにある」状態に置くことにより、お客様、そしてもちろん社員に対しても、タイムリーかつ適確な問題提起、話題の発信を行って参りたい。

 引き続きマンスリーキョクトーのご愛読をよろしくお願いいたします。

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