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21世紀へ大きく躍進!畳店の構造改革
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21世紀へ大きく躍進!畳店の構造改革

21世紀へ大きく躍進!畳店の構造改革 21世紀へ大きく躍進!畳店の構造改革

2000年10月1日 発刊
頃安 新(極東産機株式会社 前会長) 著
A5版 164ページ
書籍価格 \1,050(税込)


私の畳店の構造改革提案は、今から15年前の昭和60年、畳店総合カタログ発刊に始まります。巻末の「生き残る経営戦略」は、当時先進的な畳店グループ(全日本コンピュータシステムグループ)の間では重宝され、15年前から顧客管理やダイレクトメール作戦で企業を安定成長されたり、生産の近代化並びに事業の多角化やチェーン店展開など、多くの畳店が積極的な事業展開をされました。

 反面、半数をはるかに超える多くの畳業者は、旧態依然とした職人型経営を続け、平成9年に始まった住宅不況では、多くの問題点が顕在化してきました。これらの問題点を解決する方法が”畳店の構造改革”であります。私は、1年前に小冊子発刊し「21世紀へ畳店の構造改革」と題して具体的に述べると共に、巻末に構造改革実践店事例もあげました。この冊子が、問題をかかえる多くの中・小畳店のお手本となり、新たに多くの畳店が構造改革のスタートを実践されました。

 今回は、平成10年以前の大型店の構造改革店事例も含め、主として、平成10年・平成11年に構造改革を実践された中・小畳店を中心に、畳店様のお許しを得て、実名で出来るだけ具体的に構造改革実践の動機やその成果、並びに現在の心境等も掲載させて頂きました。
 今何らかの問題点を抱えておられるか、前向きな姿勢で将来について考えておられる畳店様がご購読下されば、必ずや参考になると思います。
 本書は、事例集として、今回を第1巻とし、第2巻、第3巻と続いて出版出来る様、努力をしていきたいと思います。この事例集が増えることが、即畳業界の活性化につながっていくものと信じています。
頃安 新
 

■書籍の内容■
  • 父の意識改革で息子が後継

     躍進の決め手は思い切りのよさ(東京都 海老沢畳店)
     やはり父親の力。息子さん大活躍(茨城県 君嶋畳店)
     後継する息子のヤル気を温かく受け入れる両親!(広島県 川口畳店)
     新しい酒は新しい皮袋に(神奈川県 三谷たたみ店)
  • 思い切った設備投資で地域一番店のチャンスをつかむ

     やはり若い世代が事業を伸ばす!(長野県 (有)マルイ産業)
     実践して良かった!積極営業戦略(新潟県 (有)宮島畳産業)
     寺原社長と上杉(極東営業マン)の思い出話(宮崎県 (有)寺原畳工業)
     夫婦で大きな決断!(福岡県 小川畳店)
     特に思い出なつかしい「苦手な社長」(高知県 (有)吉田忠雄商店)
     設備投資と社長の努力で業績アップ(三重県 長谷川畳店)
     息子さんの思い切った決断で業績アップ(和歌山県 井戸畳店)
  • 父親の決断が息子のやる気を喚起

     素晴らしく先見性のあるお父様からの置き土産!(大阪府 畳のあさか)
     うれしい「奥様からのお手紙」(岐阜県 畳の高島屋)
     親子の経営だからこそ構造改革(秋田県 浅井畳店)
     畳床製造業からの脱皮(埼玉県 (有)須賀利三商店)
     一年を待たずになんと売上二倍!(新潟県 今井畳店)
     父の決断で息子がやる気!多角化も推進(埼玉県 (有)新井畳店)
  • 生産の超近代化が営業時間を作り出す

     売上が伸びて好きなテニスも毎週できる(香川県 (有)佐藤畳製造所)
     元サラリーマンの経験を生かして(徳島県 佐野畳商会)
     やりたくても・・・「やれる」奥様パワー!(兵庫県 (有)元川製畳)
     嫁に顔負け・・・手放しで喜ぶベテランのお父さん(兵庫県 (有)頃安畳商店)
     経営者としての時間を持つ(東京都 (有)飯間商店)
  • 新築市場からリフォームの表替市場へ

     老舗畳店の落とし穴(鹿児島県 田辺屋タタミ商会)
     コンサルタントから学ぶマーケティング管理(鹿児島県 (有)坂元畳工業)
     さあー二十一世紀。若い者にバトンタッチ(宮崎県 安縣たたみ店)
     設備投資は大きな利益を生む(神奈川県(有)向井畳店)
     運気が付けば順風満帆!(宮城県 跡辺畳店)
  • 本格的営業で売上高大幅挽回

     これからは、ダイレクトマーケティングの時代(群馬県 (有)荒木畳店)
     内装リフォームも行い、目指せ地域一番店!(三重県 田口畳商店)
     大型店も早々に下請けからの脱却を(長野県 (有)野々村製畳)
     真心を売って、笑顔を買う(福島県 (有)渡辺畳工業)
  • 職人不足を設備の近代化がカバー

     勘と経験をコンピュータに、若い世代にバトンタッチ(群馬県 (有)大谷畳店)
     伝統技術プラス・ハイテク技術の結晶(福岡県 (有)三ヶ森製畳)
     将来のことを考えるなら超近代化設備は不可欠(神奈川県 (有)マルコ住総)
     一瞬にして畳つくりのベテラン!(石川県 浜中たたみ店)
     四季豊かな日本の伝統を守る若き畳店(宮城県 (有)高橋畳工業)
  • 多角化展開で売上を増大

     畳表替研究会の会長さん!(宮城県 (有)佐藤健二商店)
     社員の病欠が、大きな転機に導いてくれた(茨城県 (有)ナオエインテリア畳)
     個人客と多角化戦略で利益増大(岡山県 (株)ライフネット難波)
     トータルインテリアで大きく飛躍(鳥取県 (株)備中屋本店)
  • 製・販分離で畳店支援

     製販分離で一足先に大成功(岐阜県 (株)国枝)
     超合理的生産体制が「製販分離」を成功させる(福島県 (株)創成)
     積極的な拡大政策が大当たり、多角化も推進(長崎県 (名)橋本嘉太郎商店)
  • 畳店も近代化で、二十世紀へ磐石の体制

     二世代経営の世代交替の瞬間(長野県 (株)トータルタタミサービス)
     見事に継承された先代の遺志(奈良県 寺岡畳店)
     外注費用でコンピュータラインが買えます(埼玉県 (有)タナカ)
     床の製造販売からの転換!(埼玉県 (有)山崎産業)
     支店創設で事業拡大 神奈川県((株)田中畳店湘南支店)
     コンピュータシステムで高精度の畳を量産(兵庫県 小池畳(有))
     近代的設備で体制固め!多角化事業も好調(長野県 (株)インテック左右田)

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【抜粋】 躍進の決め手は思い切りのよさ (東京都 海老沢畳店)

 人口七十六万人、三十七万世帯の世田谷区にあって、創業百周年を迎えた海老沢畳店はコンピュータ式畳縫着装置「スーパーミニライン」の導入を期に一気に飛躍した。

 東京といっても、付近にはいまだ畑も見られる環境。もともと初代は農業を営まれていたそうです。三代目となる現ご主人は、畳一本でがんばっておられるが、昔ながらのやり方で特に営業もしないが、製造に追われる毎日だった。

海老沢畳店様 実は海老沢さん、数年前に極東産機(株)で売り出している「よじょうはん」と同じものを考えられて特許申請に行かれた。しかし既に極東産機(株)にて特許が登録されており、残念な思いをされたというアイディアマン。そうした思いを抱えて京都で開催された畳博で極東コーナーに立ち寄られた、ところがそこに展示されていた最新の機械を見て驚かれた。東京という大きな市場を持ちながら、従業員と二人で日産せいぜい十五枚ぐらいをこなすのが精一杯。「この設備なら、もっと生産に余裕もでき、仕事を追いかけるようになれる。」さらに船井総研のコンサルティングにより営業の勉強もできるというのでスーパーミニラインの導入を決断されました。

 実はこのような運びになる前から日頃気にされていたことがある。それは、当時専門学校に通っていた息子さんのこと。「このままのやり方で後を継いでくれるのだろうか」と、とても心配されていた。そんな不安が京都で見た近代的設備を導入することにより一気に解消できると判断された。現に導入と同時に息子さんも後を継ぐ決心をされた。導入に際しては、その設備投資の支払いができるだろうかということが不安だったようです。実際スタートしてみると当初提案された時に言われたように、どんどん売上も伸びその不安はすぐ解消した。

 導入前の海老沢畳店は、土間に作業台を置いたまったく普通の畳店だったが、今では一躍有名な近代的畳店となり、あの有名な矢野経済研究所までが取材にくるほどです。忙しい日々を送られています。ご主人自身もJCSメンバーになり「同業者のトップクラスと出会えたことなど、新しい世界を見ることができた」と喜ばれています。今では、息子さんも学校を卒業し家業を手伝い、これからますます21世紀型畳店として躍進されます。
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【抜粋】 息子さんの思い切った決断で業績アップ(和歌山県 井戸畳店)
 井戸畳店は、和歌山県南部に位置する日本でも有数のホテル・旅館の多いリゾート都市 白浜(人口二万人)で地域一番店を目指しておられます。

井戸畳店様 このリゾート都市白浜もバブル崩壊後、近年観光客は激減し、それに伴い仕事量も段々減少し売上は二割ダウン。将来の畳店経営に大きな不安を持たれていました。

 私共と井戸畳店の最初の出会いは、平成十一年五月の京都畳博で当社ブースに若夫婦で来られ、コンピュータに強い関心を持たれました。その数日後、ご家族で極東産機(株)に来社。当社会長に井戸畳店が今持っておられる悩みを相談され、将来に夢と希望が持てる畳店経営の「ヒント」を見つけられました。同年五月末に思い切った意識改革と設備投資で、地域一番店を目指す決断をされコンピュータ式畳縫着装置「スーパーミニライン」を導入。同時に営業コンサルティングもスタートされました。

 スタート直後は戸惑いもあったものの、今ではお母さんと若奥さんも畳製造に加わり順調に生産。スタートから八ヶ月程度で業績は150%アップ。ここまで来るのに大変な努力があったと思いますが、家族全員が一丸となって悩みを打破し、夢の持てる畳店経営ができております。また、まごころをこめた営業活動で地元のホテル・旅館の経営者からも喜んで頂いておられます。
 ご家族の将来の夢は、「ここ数年の内に新しく工場を建て替え会社組織にする。」「女性社員の採用」。

 息子さんは、営業・経営に専念したいと計画を立てられています。また、お母さんと若奥様は自身をもたれ積極的になり、次はフスマの技術も早く習得し多角化もしたいと考えておられます。ご主人は、おじいさん、おばあさん、お母さん、奥さんを早く楽にさせて上げたいと熱っぽく話されています。また、白浜に遊びにお越し時は是非お立ち寄り下さいと、気さくに話しておられます。

 これからもお客様に心から喜びを与え満足を感じて頂ける、お店作りをモットーに益々繁栄されるでしょう。
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【抜粋】 二世代経営の世代交替の瞬間 (長野県 (株)トータルタタミサービス)
 七年前、私のことをはじめて専務と呼んだのは、極東産機の営業マンでした。その時の私の印象は、照れくさい感じではあったものの決していやな感じではありませんでした。

 しかし、それが私にとって経営者としての能力を身につける上で、大きな障害になってしまったのです。専務という言葉は、会社組織で言えばナンバー2であり、右腕であり分身でなければなりません。ところが、私は専務という名前にいい気になって躍らされていたのです。そのことに気がついたのは、ある経営者研修会に参加した時でした。その会場で、私は社長の批判や会社の批判はするくせに、責任といったものは全て社長に擦り付けている単なるぼんぼんである事を教えられたのです。そして、自分のビジョンを達成するためには、批判などせずに全てを受け入れて責任を持つこと、たとえ職人から脱することのできない社長(父)であっても、十分な仕事の出来ない従業員であっても、一向に好転しない会社であったとしても、「自分には大切な経営資源」として受けいれることこそが真の経営者であるということを知ったのです。

トータルタタミサービス様 そこで私は、社長(父)を批判するのを止め、社長の考えを私の納得のいく形で受け入れるため、ISO9001という大きな目標にチャレンジしました。そして約一年。完全とはゆきませんが責任が取れる立場になり、従業員や社長(父)からも認めてもらえ、今期初めより社長になったのです。私にとって専務時代とは、口ばっかりの馬鹿息子、親のすねかじりでしかなかったのです。

 今、社長になって大きな責任を負う立場になり、逃げ出したくなることも多々ありますが、経営者としての充実感を実感出来るようになりました。 そして、今まで頑張ってくれていた父に対して心の底から感謝出来るようになりました。

 会社の業績も、当初多額の赤字を抱えてしまいましたが、今期を後一ヶ月残して黒字に転換し、会社設立以来の初めてのボーナスを支給できるまでになりました。更に、従業員が十分な仕事が出来ないと思っていたのは、実は自分に経営者としての能力がなかっただけなのです。今では、一人一人が自分の責任で仕事をしています。その上、私に対してどうすれば会社が良くなるか、真剣に意見を述べてくるようにまでなりました。そんな彼等の話を聞いていると、嬉しくて涙さえ出てきます。こんな喜びが得られるのも、経営者の特権ではないでしょうか。

 父や従業員に不満を感じるということは、それは自分が腹をくくっていない時、責任から逃げている時、いつまでも安全なところから出ようとしない時で、後継者の共通の問題点ではないでしょうか。後継者であれば誰でも父親を超える能力は持っている。後は後継者が責任に対していつ腹をくくれるかどうか、それが二世代経営の世代交代の瞬間ではないでしょうか。
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